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第28章 新しい仕事

 帰国して三か月が過ぎ、久美子は就職活動を始めていた。だが、社会に出てたった二年で家庭に入ってしまった久美子には、現役で通用するような業務経験も資格もなかった。そのためいつも応募(電話)の時点で断られるか、履歴書送付で終わってしまう。就職活動より何より、まずはパソコンや簿記の資格を取ることから始めなければ、面接さえもしてもらえない。久美子はパソコン教室と専門学校の短期コースをかけもちし、三か月で簿記とパソコンの上級資格を取った。

 だが、状況は好転しなかった。面接試験まではこぎつけたものの、大学の新卒者や経験豊かな20代の転職者までもがフリーターをしている昨今、専業主婦一筋できた久美子は、結局は経験不足と年齢制限で断られてしまう。それは正規雇用ではなくパートでも同じだった。経験不問や資格不要を求人票に謳っているのは生命保険の外交員くらいだ。工場のオペレーター業務も経験者優遇だが、事務職の雇用ほど厳しくはない。だが、久美子はセールスや現場作業はやりたくなかった。

 派遣会社にも登録したが、依頼されるのは短時間かつ短期の仕事ばかり。終日かつ長期の仕事といえば資格を生かせる仕事ではなく、単純なデータの入力作業、いわゆるキーパンチャーの仕事が大半だった。コンピュータの前で終日数字を打ち続ける作業は、頭痛と肩こりを併発し、長くは続かなかった。おちついて考えれば、即戦力を売りとする派遣会社の方が、正規雇用の就職よりもハードルが高いのは当然だった。

 結局、一般事務職はあきらめ、カナダで覚えた英語を生かせる仕事を捜した。だが、ここではTOEICの資格を要求された。久美子は今度はTOEICの受験勉強に取り組んだ。努力の甲斐あってレベルAを一回でクリアし、年明けにようやくありつけた仕事は、小さな英会話教室の非常勤講師。それも週に3回、夜の6時から9時までの仕事だった。

 久美子は女が独りで生きていく厳しさをひしひしと感じた。弁護士や看護婦、公務員といった専門職でもない限り、女性が男性並みの給料を取ることは難しい。妻として夫の扶養控除にかからない程度の給料を出す事業所はそれなりにあるが、終日雇用の求人は少なく、あっても独りで生計を立てていけるだけの給料は得られない。結局、世間がいくら男女平等だと言ったところで、社会的には女性は男性と結婚しなければ生活していけないようになっている。久美子は、加奈子が離婚後、実家に戻らざるを得なかった訳がわかる気がした。

 久美子が勤めを始めたことで、夕食を毎日家でとっていた夫も、外食で済ませることが多くなった。美樹が二年生に進級すると、進学塾への送迎が重なって、久美子は家事と娘の所用と英会話教室での勤務に追われた。昇進後の夫は休日も接待で出かけることが増え、以前のような家族揃っての団欒は月に数回になっていた。

 その年の6月、美樹の“夏休み留学”が決定し、久美子は美樹と共に留学オリエンテーションのため、UTS国際教育センターに赴いた。留学先は美樹のたっての希望でカナダにしたのだが、提携先はバンクーバーではなくオタワであった。滞在期間は四週間のため、生活体験型のホームステイかファームステイのどちらかを選択する。場所柄もあってホームステイを兼ねた短期語学留学ということになった。

 7月下旬、久美子は夫と共に空港の出発ロビーまで美樹を見送りに行った。

 「じゃあパパ、ママ、行ってきます!」

 美樹はそう言いながら笑顔で大きく手を振った。久美子は夫と共にその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 「今日から寂しくなるな」

 「ええ」

 久美子は夫と二人きりになることを思うと気が重かった。

 「新婚に戻ったみたいでたまにはいいか。今夜は二人でうまいものでも食べにいこう」

 「そうね」

 タイムテーブルの書かれた掲示板を見上げると、Vancouver(バンクーバー)の文字が目に飛び込んできた。久美子はバンクーバーでなくても、カナダに行ける美樹が羨ましかった。オタワも達郎の住むアメリカの大地には違いない。

 このまま飛行機に飛び乗って会いに行きたい…。

 久美子ははやる気持ちを懸命に抑えた。

 その晩、夫と共に外食を済ませた久美子のもとに、勤務している英会話教室の社長から電話が入った。翌日、いつもより早く出勤した久美子をまっていたのは解雇通告だった。

 「実は経営が悪化しまして、世田谷教室を年内で閉鎖することになりました。そこで、よくやってくれている鈴木さんには大変申し訳ないのですが、今月いっぱいで退職していただきたいんです」

 久美子は一瞬頭が真っ白になった。あと一週間で突然辞めろと言われても、納得がいかない。

 「年内は継続するんですよね?それなのに、どうして今月で解雇なんですか?お言葉を返すようですが、解雇通告は三か月前というのが法律で定められていますし、それとも、生徒の方から私に対する苦情でもあったんでしょうか?」

 「いえ。鈴木さんの授業はとても丁寧でわかりやすいと好評です。できることなら、こちらとしてもずっとお願いしたい。でも、景気の煽りを受けて生徒さんも減ってきていますし、世田谷に続いて他の2教室も閉鎖になりそうなんです。ですから、非常勤の方はお断りして、当面は常勤の方だけで運営をしていきます。世田谷教室に関しては閉鎖が決定しているので、常勤の方も年内で解雇ということになります。本当に申し訳ありません」

 そうして、就職してから一年もたたないうちに、久美子は失業してしまったのだった。

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