第34章 ビーバー街道
久美子を乗せた達郎のハーレーは SEA TO SKY HIGHWAY (ハイウェイ99号線)に入り、西に向かって進んでいた。今回達郎が選んだのは、バンクーバーからエルクアイランド国立公園を結ぶ約1,200kmのドライブルートだ。街道周辺の湖にビーバーが多く生息することから、『ビーバー街道』とも呼ばれる。
ビーバー街道はシーニックゾーン(バンクーバー~ウィスラー120km)、アクティビティ・ゾーン(ウィスラー~リルエット135km)、ゴールドラッシュゾーン(リルエット~カムループス166km)、フレッシュ・ウォーター・ゾーン(カムループス~ブルーリバー223km)、カナディアン・ロッキー・ゾーン(ブルー・リバー~アイランド584km)の5つに分けられ、まずはカリバルディ州立公園の麓に広がるスキー・リゾート、ウィスラーを目指す。
ホースシュー・ベイを抜け、海岸線ぎりぎりの狭い道路を北上すると、緑の小島が見えてきた。ここハウ海峡は切り立った崖が海岸線まで迫り、バンクーバー~ウィスラー間を3時間で結ぶ『ウィスラー・マウンテニア号』の線路が顔を出す。美しい景観はバンクーバーから遠ざかるほどに増していき、景色を映し出す青い湖や、崖から落ちる一筋の滝に目を奪われる。
久美子は達郎の背にもたれながら、ハーレーを体感していた。ドドド、ドドドというエンジン音もさることながら、カーブを曲がるときの地を這うような感覚、後ろに乗っているのに、まるで自分が運転しているような錯覚。久美子はハーレーが好きになった。
ノースバンクーバーから約60km北上し、一時間ほどで最初の町、スコーミッシュに着いた。スコーミッシュはカナダの西海岸にある小さな田舎町で、北米有数のロッククライミングの聖地でもある。335メートルの落差(ブリティッシュ・コロンビア州で3番目の高さ)を誇るシャノンフォールズや、世界で2番目の大きさを誇る花崗岩の一枚岩、スタワマス・チーフが有名だ。
クライミング・フェスティバルやカイトボードの大会のポスターが、町のあちこちに貼られていた。クライマーや、ハイキング、ラフティングを楽しみにきた家族連れが目につく。公園でくつろぐ地元の人々からはのんびりとした雰囲気が漂う。
達郎と久美子はこの夏オープンしたばかりのスコーミッシュ・リリワット・カルチュワルセンターで昼食をとることにした。先住民のロングハウスをイメージした3階建ての施設で、施設内のカフェでは、サーモンチャウダーやシカ肉、カリブージャーキーなど、先住民の食事が楽しめるようになっている。
二人はヘルメットを脇にかかえたまま、窓際の席に腰をおろした。ほどなくしてやってきたウエイトレスにランチメニューを注文し、飲み物を先に持ってきてくれるよう頼んだ。
まずは二人揃ってコーラで乾杯した。
「お疲れ様でした。運転替ってあげられなくてごめんなさい」
「なんの。これくらいどうってことないよ。それより、君の方こそ長時間乗ってみてどうだい?無理なようなら、この先はキャンセルするけど」
「大丈夫よ。それどころか、私もハーレーほしくなっちゃった」
「ええっ?」
「それにはまず、大型免許ね」
「マジで言ってるの?」
「もちろんよ。でも足がつかなかったり、転んだときに起こせなかったりしたらだめよね。メンテナンスのこともあるし…。そこを何とかクリアして、乗っている女性だっているわよね?ハーレーって男性だけの乗り物じゃないんでしょ?」
「もちろん。女性のライダーだっていっぱいいるよ。でも、君の場合は身長がないから、乗れるハーレーは限られると思うよ。シートが一番低いダイナ・ローライダーあたりかな」
「ダイナって?」
「ハーレーにもいろいろあるんだよ。知りたい?」
「知りたい。そういえば、ジョンさんのハーレーコレクションは凄かったわ。それまで乗り物に見とれたことなんてなかったけど、ピカピカに磨き上げられた沢山のハーレーを見て、ハーレーってこんなにも美しい乗り物なのかって思った。ちなみに何種類くらいあるの?」
「日本車は排気量別で揃えられているけど、ハーレーダビッドソンのラインナップはファミリーという言い方で、車種をベースに5つに分けられている。ソフティル、ダイナ、スポーツスター、ツーリング、VRSCという具合にね。今俺が乗っているファットボーイはソフティルの人気ハーレーで、一見大きくて扱いにくそうだけど、走ってみると意外に安定感があって乗りやすい。感じが日本のバイクに近いからかな。ただ、長距離になるとちょっと手足がしんどい。ダイナの特徴は、アイドリングだけでエンジンが揺れるところだ。中でもFXDは車体まで揺れちゃう唯一のハーレーさ。低速トルクがついているから出だしがいい。スポーツスターは振動が少なくて、一定速度になると排気音も静かになるから、ハーレーって感じがしないかも。手足が短い日本人にはハンドルが遠くて、足付きが悪い。乗るなら金をかけてカスタムするしかない。ツーリングファミリーはその名の通り、長距離を走るためのハーレーだ。アメリカの道路は広くて、直線が多いだろ?ツーリングファミリーのエレクトラグライドは、そういう大陸を走る機能が全部揃っていて、基本的なスタイルもそのままなんだ。ハーレーダビッドソンの、言わば顔さ。親方のガレージにあった白の一番でかいヤツがそうだよ。モデルにもよるけど、音楽だって聴けちゃうんだ。VRSCはドラッグレース(400メートルの直線を速さで競うレース)の競技車両がモチーフになっているから、スタイルが低くて長い。とにかくシャレていて、世界中のどんなバイクと比べてみても、フォルムが独特なんだ。水冷エンジン搭載ファミリーとも言われてて、ポルシェと共同でエンジン開発をしたんだ。マレーシアやシンガポールとか、熱い国にはもってこいのハーレーさ」
ログハウス以外のことで、こんなにも熱く語る達郎を久美子は初めて見た。
「何かよくわからないけど、あなたのハーレー好きが半端じゃないことはよくわかったわ。ジョンさんの影響だと言っていたけど、それだけじゃないってことも。今度あなたとアメリカ大陸を走るときは、私も自分のハーレーに乗って走りたいわ」
「ははは。そりゃあいい。せいぜい楽しみにしてるよ」
「その言い方、本気にしてないのね。いいわ。いずれびっくりさせてあげるから」
料理が運ばれてきて、二人揃ってあっという間にたいらげた。
宿泊地のウィスラーまでは、ここからさらに60km走らなければならない。道路はチーマス川に沿ってしだいに標高を上げていく。途中、達郎はハーレーを止め、荷物の中からマフラーを出して、久美子の首に巻きつけた。氷河に削られた美しい入り江に沿ってハイウェイをひた走ると、雪をかぶったコースト山脈が見え始めた。
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